両立支援 意見書作成 自己学習サイト 

本サイトでは医療機関従事者向けの自己学習サイトです。
両立支援の症状ごとの配慮の方法について自己学習できます。

産業医・産業保健の基礎知識がなくても理解できます。
自己学習以外にも学生教育、医療機関スタッフ教育などでも活用ください。
各セクションが10分程度で学べます。解説文だけでも充分理解可能です。
動画の内容のほうが情報がよりリッチですのでお時間があればご覧ください。

※より詳細な内容の産業医科大学主催の研修会もあります。
※個別の研修会のご依頼はメニューのお問い合わせからお願いします。
 
作成責任者:産業医科大学 立石 清一郎
目次

両立支援の基礎

両立支援の意義

 わが国の少子高齢化のスピードはすさまじく、2010年にすでに人口はピークを迎え、急速な労働人口不足が不安視されている。2050年には労働生産年齢人口1.4人で高齢者1人を支えなければならないと推計されています。2016年の働き方改革実現会議において労働人口の減少を防ぐべく、「1億総活躍社会」を目指す取り組みが提案され閣議決定された。この動きと前後して、2016年2月に厚生労働省基準局、健康局、職業安定局により「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン(2019年3月より治療と仕事の両立支援に改称、以下ガイドラインと記載)」が発出されました。
 患者さんの視点に立った場合、近年の治療の進歩は目覚ましく、全がんの相対5年生存率は60%を大きく超えるまでに改善しています。しかしながら、がん治療を受ける患者さんは様々な就業継続に関する困難感を感じてしまいます。そこで、当事者(患者であり労働者)が治療と仕事を「両立」することができるよう、医療機関、社会、地域の関係者(ステークホルダー)が「支援」することを「両立支援」と言います。第2期がん対策推進基本計画(2012年)では就労がテーマとして取り上げられることになりました。4つの痛み(トータルペイン)のうち、経済的苦痛を開放することを目指し両立支援の様々な取り組みが進んでいます。

キーワード:働き方改革実行計画、トータルペイン、社会的苦痛

両立支援の留意事項

 事業者(会社)が両立支援を行う上で留意すべきことはガイドラインの留意事項に8項目示されておいます。両立支援を行う上で事業者は重要なステークホルダーです。医療機関のスタッフは事業者が留意していることを把握したうえで対応することが必要になります。事業者向けのメッセージであるため医療機関スタッフがわかりやすいように改編し、重要な部分のハイライトをしています。なお、(1)(3)(4)(5)については事業者が行う配慮内容について言及されており、後述する意見書の作成にとって大変重要な情報になります。

(1)安全と健康の確保(義務、労働契約法)
事業者は、就労によって、疾病の増悪、再発や労働災害が生じないよう(就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等)適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行うことが就業の前提となる。仕事の繁忙等を理由に必要な就業上の措置や配慮を行わないことがあってはならないこと。
※就業上の措置とは、体調に合った仕事を割り当てることを言います。
(2)労働者本人による取組
疾病を抱える労働者本人が、主治医の指示等に基づき、治療を受けること、服薬すること、適切な生活習慣を守ること等、治療や疾病の増悪防止について適切に取り組むことが重要であること。
(3)労働者本人の申出
私傷病である疾病に関わるものであることから、労働者本人から支援を求める申出がなされたことを端緒に取り組むことが基本となる。
(4)治療と仕事の両立支援の特徴を踏まえた対応
入院や通院、療養のための時間の確保等が必要になるだけでなく、疾病の症状や治療の副作用、障害等によって、労働者自身の業務遂行能力が一時的に低下する場合などがあり、時間的制約に対する配慮だけでなく、労働者本人の健康状態や業務遂行能力も踏まえた就業上の措置等が必要となる。
(5)個別事例の特性に応じた配慮
症状や治療方法などは個人ごとに大きく異なるため、個人ごとに取るべき対応やその時期等は異なるものであり、個別事例の特性に応じた配慮が必要である。
(6)対象者、対応方法の明確化
事業場の状況に応じて、事業場内ルールを労使の理解を得て制定するなど、治療と仕事の両立支援の対象者、対応方法等を明確にしておくことが必要である。
(7)個人情報の保護(義務、個人情報保護法)
症状、治療の状況等の疾病に関する情報が必要となるが、事業者が本人の同意なく取得してはならない。また、健康情報については、取り扱う者の範囲や第三者への漏洩の防止も含めた適切な情報管理体制の整備が必要である。
(8)両立支援にかかわる関係者間の連携の重要性
労働者本人以外にも、以下の関係者が必要に応じて連携することで、労働者本人の症状や業務内容に応じた、より適切な両立支援の実施が可能となる。

キーワード:安全配慮、本人の申し出、個別対応

診断書と意見書

 医療機関スタッフの両立支援として重要な業務の一つに事業者向けに意見書を作成するというものがあります。意見書という言葉になじみがなく、診断書とどう違うのかよくわからないという方もいらっしゃいます。
 診断書というのは、普段医療の分野で使用している言葉で、経過観察・再検査・精密検査などの用語です。例えば、糖尿病の場合、「糖尿病により内服加療を行っている」という文書を作成したい場合には診断書の作成になります。医学情報による医療介入の要否に関する診断が診断書になります。
 一方、意見書というのは、前項の「就業上の措置(体調に合った仕事を割り当てること)を行う上で必要な医師の意見」が記載されているものになります。例えば、「心臓の機能が悪化しているので重量物作業は控えてください」ということを記載したい場合には意見書の作成になります。医学情報による職場介入の要否に関する意見が意見書になります。

キーワード:診断書、意見書

両立支援の流れ

 標準的な医療機関での意見書の作成手順は以下の通りです。この流れで実施すると後述する診療報酬の対象になります。
 ① 患者と事業者が共同で作成した勤務情報を記載した文書(勤務情報提供書)を受け取る
 ② 患者に療養上必要な指導を実施する
 ③ 企業の担当者(※産業医等)に対して診療情報を提供する
   ※産業医等;産業医、総括安全衛生管理者、衛生管理者、安全衛生推進者、保健師、衛生推進者
 一方で、両立支援は事業者向けの意見書を作成するだけではなく、患者さんの苦悩を聞く、高額療養費申請の支援、傷病手当金書類作成など、様々なものがあります。意見書を作成するだけではなく、患者さんの困っていることへの支援を行うようにすることが必要です。
なお、この流れにおいて、重要なこととして、就業に関する判断が4回あることに注意が必要で、それぞれ、判断軸が違うので結果として医療従事者が判断したことと、事業者の最終的な判断(就業上の措置)にずれが生じることがあります。
 ① 本人の判断
 ② 主治医の判断(医師の意見)
 ③ 産業医等の判断(医師の意見)
 ④ 事業者の判断 (就業上の措置)

キーワード:勤務情報提供書、意見書、医師の意見、就業上の措置

診療報酬について

 診療報酬は平成30年度からがん患者さんに対しスタートして、令和2年度に大幅に制度が変更されるとともに対象疾患が広がり、令和4年度に対象疾患がさらに拡大するとともに情報通信機器を用いた場合の規定も示されました。令和4年度の診療報酬算定ルールは以下の通りです。
【B001-9 療養・就労両立支援指導料】
●対象となる疾患:
 がん、脳血管疾患、肝疾患(慢性経過)、指定難病、心疾患、糖尿病、若年性認知症
●初回算定:800点(情報通信機器を用いて行った場合:696点)
 上記の流れをすべて行った場合に算定可能
 診断書や診療情報提供書と重複算定は不可 
 入院患者は不可、月1回に限り算定
●2回目以降の算定:400点(情報通信機器を用いて行った場合:348点)
 診療情報を提供した後の勤務環境の変化を踏まえ療養上必要な指導を実施する
 算定した日の属する月又はその翌月から起算して3月を限度として月1回に限り算定
●相談支援加算:50点
 患者に対して、両立支援コーディネーター養成研修を修了した医療職(看護師、社会福祉士、精神保健福祉士又は公認心理師)が相談支援を行った場合について評価

キーワード:療養・就労両立支援指導料

配慮の考え方

配慮の種類

 「1-2. 留意事項」のパートで両立支援を行う上で重要な配慮の要素は安全配慮とReasonable accommodationの2種類であると解説いたしました。これ以外にも、病気により作業能力が低下し本来要求される仕事が達成できない患者さんもいます。このような患者さんについては、ケースバイケースの対応にならざるを得ず、現実的にはむしろ職場側の受け入れ要素のほうが大きいと考えられます。したがって、医学的要素以外の多要因(職場の規模、上司・同僚の受け入れ、過去の対応事例など)であり検討することが容易ではありません。医療機関でまず確実に抑えるべきは純粋な医学的要素である「安全配慮」の項目になります。また、Reasonable accommodationも医学的裏付けがなければ職場で配慮することも困難です。この2つの配慮を確実に抑えることが両立支援における配慮の在り方を理解するためには重要であるといえます。
 職場の中で配慮を検討するときに重要なことは、症状だけで配慮内容は決まらないということです。配慮は症状が何らかの作業を行うときに発生するミスマッチを検討することになります。したがって、作業内容について聴取することが必須になります。

キーワード:安全配慮義務、Reasonable accommodation

安全配慮義務とは

 安全配慮義務は労働契約法第5条で定められている事業者の義務です。もともとは判例で定まった概念が法制度化されました。安全配慮義務は予見可能性という判断軸が最も重要になります。この用語とは別に「病者の就業禁止」という言葉もあります。労働安全衛生規則には以下のようにあります。

法令引用 労働安全衛生規則第61条
事業者は、次の各号のいずれかに該当する者については、その就業を禁止しなければならない。
(略)
二 心臓、腎臓、肺等の疾病で労働のため病勢が著しく増悪するおそれのあるものにかかつた者
(略)
2 事業者は、前項の規定により、就業を禁止しようとするときは、あらかじめ、産業医その他専門の医師の意見をきかなければならない。

 予見できる・できないということは判断が難しいことも多いですが、事業者の立場からしたら、この規則の通り運用しようとすると、病勢が悪化しそうな人すなわち病気で休職などをしている労働者については、通常、医師に働き方について尋ねることが必要になります。産業医は診療情報を持っておらず、基本的には主治医の「このような仕事をさせたら危険」という情報は予見可能性があると考えられます。したがって、法令の定めによれば、医師は「病勢が悪化する可能性について言及する」ことが必要になります。私たちはこのような「医学的な病態生理から予想される病勢の悪化を防ぐ」配慮のパターンを「配慮の類型1」と名付けました。
 また、てんかんや不整脈といった疾患では急に意識を失うことがあり、作業内容によっては本人・同僚・公衆などを巻き込んだ事故を引き起こすこともあり、これも主治医の立場からすると予見できる内容であると考えられます。このような「事故のリスクを低減させる」ための配慮のパターンを「配慮の類型2」と名付けました。
 安全配慮による配慮パターンのほとんどがこの二つのいずれかです。

キーワード:安全配慮義務、予見可能性、配慮の類型1、配慮の類型2

Reasonable accommodationとは

 仕事をしたいけれども病気の影響で対応することが困難な場合、「本人の申し出により職場が仕組みや環境の調整・変更を行う」ことをReasonable accommodation※といいます。

 Reasonable accommodationは労働者が働きやすくなるための環境調整です。例えば、疲労蓄積がある場合、適宜休憩をとることができるような配慮を行うことが必要です。Reasonable accommodationは仕事をするために仕組みや環境を改善することで個別の労働者の就業障壁から解放し社会参加できるようにすることを目的としています。Reasonable accommodationの最も重要な部分は、「本人がどのような配慮を必要と考えて求めるか」という点です。

※筆者注:アメリカではベトナム戦争帰還兵の雇用差別を防止することを目的に1977年から概念化されておりすべての疾患が該当し、かつて筆者らは合理的配慮と呼んでいました。日本では2016年に障害者基本法で法律用語として取り上げられ、障害者や難病患者等に限定して利用されることが多く、混乱をきたすので本稿ではReasonable accommodationとしました。Reasonoble accommodationは仕事の自体の要求レベルは下げません(ややこしいですが原文では、要求レベルを下げることを「妨げない」、と記載されています)。一方、仕事の要求レベルを下げて障害者が仕事できるようにすることをアファーマティブアクション(ポジティブアクション)と呼び違う概念であるとされています。

キーワード:Reasonable accommodation、合理的配慮、本人の申し出、アファーマティブアクション

症状別配慮集の使い方

症状ごとの配慮の考え方(配慮検討シート)

 主に、事業者(企業)が実施する配慮の種類として、安全配慮とReasonable accommodationがあると説明しまいた。いずれの配慮においても、□□という症状があるから○○という配慮を行う、というロジックがなければ事業者の理解を得られることができません。症状(プロブレム)ごとに評価し配慮について検討する方法が普段利用しているSOAPの仕組みと近く親和性が高いと考えられます。具体的な手順は以下の通りです。  
 ① 症状(プロブレム)リストを作成する。【S;Subjective, O;Objective】
 ② 症状(プロブレム)ごとに安全配慮上の問題点の評価(医学的禁忌事項があるかどうか)【A;Assessment】
 ③ 症状(プロブレム)ごとに安全配慮上対応の検討【P;Plan】
 ④ 症状(プロブレム)ごとにReasonable accommodationの評価【A】
 ⑤ 症状(プロブレム)ごとにReasonable accommodationの対応の検討【P】
について、検討することで必要な配慮を抽出することが可能になります。

キーワード:症状(プロブレム)リスト、SOAP

症状別配慮集(安全配慮面)

 慣れていないと、どのような症状に対して、どのような配慮が必要か、ということを検討することは難しいかもしれません。そのことを解決するために、厚生労働省の研究班でツールを作成しました。『症状別配慮集(安全配慮面)』という名称で、症状ごとの安全配慮上懸念される項目の一覧表となっています。網羅的とまでは言えないですが、かなりの部分をカバーしていると考えられます。症状ごとに、就労上の影響についての簡単な解説、安全配慮上問題になる作業で配慮(配慮の類型1,2)が必要となると考えられる作業の一覧がわかるように作成しています。

キーワード:安全配慮

作業内容の説明

 医療従事者にとって、仕事をイメージすることは容易ではないと思います。そこで、安全配慮上、問題となる作業について説明文を作成しています。この一覧を見ていただけたら、安全配慮上の配慮の類型1の問題点は、特定の臓器の影響によるものがほとんどとなっています。個別のエビデンスを見出すことは、症状と作業の無限の組み合わせがあるので困難であるため、現状は病態生理的に判断することが必要となります。その際、配慮は労働者の働く権利を制限しているという側面もあるため、過度に判断しすぎないことも念頭に入れる必要があります。

キーワード:作業内容

作業ごとの配慮(対策)のアイデア

 作業ごとに配慮が必要であることはわかっても、たくさんの種類の配慮があるのでどんな配慮を行うことが適切か、仕事のイメージがないままではなかなか難しいと思います。そこで、4つの作業改善のパターン(根本的対策・工学的対策・管理的対策・保護具)ごとに典型的な配慮の方法について一覧表を作成しています。

キーワード:対策アイデア

Reasonable accommodationのヒント

 Reasonable Accommodationは、働きやすくするための環境調整で、当事者の志向性により実施してほしい配慮(申し出したい配慮)が異なります。また、症状ごとに一定の配慮がある程度決まりやすい安全配慮とは大きく異なるところに注意が必要です。企業や医療機関で実施されたReasonable Accommodationを参考に、構成したReasonable accommodationリストを作成しています。このリストを本人に手渡し、リストの中から本人に実施してほしい配慮を選択してもらうことで申し出したい配慮内容を作成することが可能になります。

キーワード:Reasonable accommodationヒント集

配慮総合演習

乳がんの患者さんに対する配慮の検討

  前のセクションで学んだことを参考に、実際に意見書に記載する就業上の配慮について肺がんのケースで検討してみましょう。症状別配慮集一式をダウンロードの上、意見書の作成をしてみてください。

テキスト、検討事例、症状別配慮集をダウンロードし、動画で一時停止をしながら実際に意見書の作成を行ってみましょう。

このコンテンツは、厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)
「医療機関における治療と仕事の両立支援の推進に資する研究(20JA0601)」
研究代表者 産業医科大学 立石清一郎 により作成されました。

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